親と教師のそういち就活研究所

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「リスク回避」と「世間体」が日本の少子化の本当の原因?

社会学者・山田昌弘さんの『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』(光文社新書、2020年、以下本書という)という本があります。サブタイトルのとおり「結婚・出産が回避される本当の原因」を論じた本です。この記事は、本書の要約・解説です。 

本書は少子化問題についての議論を整理して、より深く理解するための視点を提示しており、おおいに参考になります。

そして、この本の主張に賛成するかどうかにかかわらず、「若者は(私たちは)何を意識しながら、結婚や出産という人生の重要なことがらを選択しているのか」について自覚的に考えるための視点や情報を得ることができるでしょう。

日本の少子化対策は失敗

この本が述べるとおり、日本の少子化対策は「失敗した」といえる状況です。

日本の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む平均の子どもの数)が、人口増減の境目である「2.07」を下回るようになったのは1970年代。1990年代には、合計特殊出生率は1.6を下回り、2005年には1.26に落ち込みました。

その後やや回復し、2015年には1.45。近年は1.4程度。一方2008年頃には、人口減少が始まった。

2016年のおもな欧米諸国の合計特殊出生率は、こうなっています。 

アメリカ1.82  イギリス1.79  ドイツ1.59  フランス1.92  スウェーデン1.85  イタリア1.34  *日本1.44 

日本の出生率は、イタリアを除くどの主要先進国よりも低いです。そして、イタリア以外の国ぐには、「もともと出生率があまり落ちていない(アメリカ、イギリス)」「少子化対策で出生率を回復(フランス、スウェーデン)」「移民で人口を補う(ドイツ)」という状況です。

「自立や結婚に消極的」であることを見過ごしてきた

日本はなぜこうなったのか? 本書は「政府や識者が少子化の本当の原因を理解せず、適切な方策を打たなかったから」と述べます。

政府は「今どきの若者もいずれは結婚し、結婚すれば子供をつくる」という前提に立ち、「働く母親の環境整備」「子育て支援」の施策を重視しました。

しかし「そもそも若者が自立や結婚に消極的である」という問題は見過ごされてきました。

本書は「日本の社会には、自立や結婚に消極的でも許容される傾向がある」と指摘します。つまり日本の若者は、欧米に比べ成人しても親元から離れず、親も子どもの面倒を見続ける。

欧米では「子どもは成人したら親から独立する」「仕事は自己実現」「恋愛至上主義(パートナーを探し求める)」という価値観が浸透しているのだそうです。

しかしこの「欧米モデル」は、日本では大都市に暮らす高学歴の比較的恵まれた層にしかあてはまらないのではないか。それ以外の多数派の若者のことを、政府や識者は見落としていたのではないか。

こういう議論を、著者の山田さんはデータをもとに展開していきます。

結婚・出産を回避させる「リスク回避志向」「世間体」

では何が結婚・出産を回避させるのか? 山田さんは日本社会に特徴的なつぎの意識が大きく作用しているといいます。

・リスク回避志向
・世間体重視
・子どもへの強い愛着(子どもにつらい思いをさせたくない)

つまり、結婚相手に安定した十分な収入があるか、結婚相手として周囲から見下されないだけの学歴や職業か――そういうことを気にして結婚しにくくなっているというのです。

さらに「子どもができたら、自分が親にしてもらったこと(良い教育や子ども部屋をあたえること等)を子どもにできるか」も心配する。「できないなら、子どもをつくるのはやめよう」と考える。

中流からの転落を恐れる

本書によれば、「リスク回避」と「世間体重視」のあいだには、共通のものとして「中流からの転落を恐れる」意識があるといいます。

収入が少ない相手との結婚は、中流からの転落につながる。結婚相手の学歴や職業しだいでは、中流の世間体を保てない。

あるいは、自分の今後のキャリアの見通しでは、子どもに中流の暮らしをさせてあげられないかもしれない。

そういう「転落のリスク」を、若い世代に限らず、多くの日本人が気にしているのではないか。

日本の経済力の低下が背景にある

そしてその背景には日本の経済力の低下がある、つまり日本人が貧しくなったことがあると、本書では説明しています。

たとえば、日本の相対的貧困率(平均所得の2分の1以下の所得の人口が占める割合)はかなり高いです(2015年で日本は16.0%だが、OECD平均は10.5%)。さらに日本の1人あたりGDPは、OECD諸国のなかでは低いほうになってしまった。

つまり、日本の少子化の根底には「中流からの転落を恐れる意識」があり、その意識は、日本の経済力の低下という現実に基づいているということです。

状況を変えるには2つの方向があるが

この状況を変えるには、どうしたらいいか。本書では2つの方向をあげています。

 ・結婚して子どもを2、3人育てても、親並みの生活水準を維持できるという期待を持たせる。
・親並みの生活水準に達することを諦めてもらい、結婚、子育てをする方を優先する。

つまり、日本の経済力を上げるか、価値観を変えるということです。どちらも大変なことです。山田さんも「両方とも簡単にいくものではない」と述べています。

このあたりの処方箋はもの足りませんが、それを論じるにはまた別の本が必要でしょう。

 

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