- 提唱者の本で確認する
- 雇用システムの2つのあり方
- 雇用契約におけるジョブ型とメンバーシップ型
- 終身雇用とメンバーシップ
- 賃金・ 年功序列とメンバーシップ
- 能力主義による年功序列の正当化
- 労使関係のあり方
- 新卒採用とメンバーシップ
- 「本質」があらゆる面に影響をあたえている
提唱者の本で確認する
最近耳にする雇用の「ジョブ型」「メンバーシップ型」とは何か?
いろいろな解説もありますが、この言葉をつくった提唱者である濱口佳一郎さんの著書『ジョブ型雇用社会とは何か』(岩波新書、2021年)で確認してみましょう。
濱口さんによれば“多くのメディアで流行したジョブ型は、私の提示した概念とは似ても似つかぬもの”なのだそうです。つまり世間の「ジョブ型」についての議論は、まちがいだらけであると。
当ブログでは、まず「前編」にあたるこの記事で濱口さんによる「ジョブ型」「メンバーシップ型」についての説明を確認します。それから次回予定の「後編」で、それがどのように曲解されているか、そこにはどんな問題や背景があるかについて解説します。
雇用システムの2つのあり方
「ジョブ型」「メンバーシップ型」について、濱口さんは『ジョブ型雇用社会とは何か』(以下同書という)で、ほかの専門家(氏原正治郎)によるつぎの説明を引用しています。
その説明とは、こういうものです。一般に技術と人間労働の組み合わせ、つまり生産の場における雇用システムには、大きくつぎの2つがある。
“一つは……職務をリジッドに(厳格に)細分化し、それぞれに専門の労働者を割り当てる”
“いま一つは幅広い教育訓練システム、配置転換、応援等によるOJTによって、できる限り多くの職務を遂行することのできる労働者を養成する”
これは30年以上前の文章ですが、濱口さんによれば“今日でも一言一句そのまま用いることのできる、雇用システムについての正確な描写”だそうです。また、ここで述べるどちらのやり方も、それなりの合理性があるのでしょう。
そして、前者の「細分化した職務に専門の労働者を割り当てる」のは「ジョブ型」で、後者の「多くの職務を遂行することのできる労働者」で組織が成り立つシステムが「メンバーシップ型」です。その呼び方を濱口さんが提唱したのです。
ジョブ型とメンバーシップ型は対をなしています。そして、ジョブ型はおもに欧米のシステムで、日本はメンバーシップ型である。
雇用契約におけるジョブ型とメンバーシップ型
雇用契約のあり方は、ジョブ型とメンバーシップ型では基本的にちがいます。濱口さんは、こう述べます。
“日本以外の社会(ジョブ型)では、労働者が遂行すべき職務(job)が雇用契約に明確に規定されますが、日本では雇用契約に職務が規定されません”
“そもそも雇用契約上、職務が特定されないのが普通です”
また、 このような日本の雇用契約は“その都度遂行されるべき特定の職務が書き込まれる空白の石板”に例えることができるとも述べています。
つまり、“日本における雇用の本質は職務(job)ではなく、
会員/成員(membership)”である。
そして、日本型の雇用や労働のさまざまな特徴は、このメンバーシップという本質から派生したものです。以下、同書の濱口さんによる説明を要約します。
終身雇用とメンバーシップ
まず終身雇用。ジョブ型は職務を特定して雇用するので、その職務が縮小したりなくなったりすれば、人を解雇する必要が出てくる。契約で職務が決まっている以上、配置転換などによって別の職務をさせることはむずかしいからです。
一方メンバーシップ型では、職務が特定されていないので、ある職務が縮小したときの配置転換はスムースです。それによって雇用は維持されます。職務の縮小を理由とするリストラは、よほどの事態でないかぎり正当性が認められない。そこで長期雇用、さらには終身雇用が一般化していく。
賃金・ 年功序列とメンバーシップ
つぎに賃金体系。ジョブ型では、契約に定める職務によって賃金が決まる。つまりジョブに値札がついている。
一方メンバーシップ型では、契約で職務が特定されていないので、職務に基づいて賃金を決めにくい。配置転換による職務の変更で賃金が変わるとしたら、賃金が下がる場合には嫌がられ、異動の障害になる。そこで勤続年数や年齢に応じて賃金を決める「年功序列」の賃金システムになるのです。
つまり、賃金の面からみて「職務に値段がつく」のがジョブ型で、「ヒトに(その勤続年数や年齢などの属性で)値段がつく」のがメンバーシップ型ということができます。
能力主義による年功序列の正当化
さらに、年功序列を正当化する論理として、「能力」を基準に人事評価して賃金を決める「能力主義」も主張されます。
この「能力」というのは、職務を遂行するための具体的なスキルとは似て非なる、不可視でつかみどころのない概念です。
能力は、組織のなかで年を重ね経験を積むにしたがって向上し、中高年になっても下がらないものとされます。だから中高年の高給は正当化される、という理屈です。しかし「中高年の能力が下がらない」というのは幻想だと、濱口さんはいいます。
そして、能力という捉えがたいものを評価するには、結局「意欲」や「忠誠心」を尺度とすることになる。意欲・忠誠心をはかるうえでは、長時間労働は重要です。毎日夜遅くまで残業している人は、評価されやすくなる。
結局、人事評価における「能力」とは「会社に言われたことは何でもやる」という生活態度のことなのです。その生活態度は、メンバーシップのシステムでは必然的に求められることになる。
労使関係のあり方
そして労使関係。ジョブ型では、労使の交渉は職種ごとの賃金を決めるものです。そして、職種ごとの賃金を交渉するので、労働組合は職業別や産業別の組合が主流になります。
一方、メンバーシップ型では、賃金は職種では決まらないので、企業別に賃金交渉をすることになります。つまり企業別組合が主流になる。そして、企業ごとに総人件費をどれだけ増やすかを決める「ベースアップ」をめぐる交渉が、例年行われています。
新卒採用とメンバーシップ
それから採用のあり方。ジョブ型では、仕事を行うのに必要な人員をその都度雇います。新しいメンバーの採用は欠員募集によるのが原則です。
一方メンバーシップ型では、新しいメンバーは新規学卒者(新卒)の一括採用が原則です。欠員補充の中途採用は、例外的・補助的なものです。
ジョブ型でも新卒を採用することはありますが、それは多くの場合、エリート校の卒業者を、高度の職務を遂行するスキルを持つという前提で採用するのです。
一方日本の新卒採用では、スキルを持たない若者を、どんな仕事をするか不明確なまま採用します。そして、先輩や上司によるOJTを通じて、職務を遂行できるように育成していく。これは若い人にとっては、採用されやすいという点で有利なシステムです。
このような日本の新卒の若者を、濱口さんはiPS細胞に例えています。
つまりiPS細胞は何でもなり得る万能細胞で、足に移植されれば足になり、眼に移植されれば眼になる。そのようなiPS細胞のあり方と、最初は何者でもない新入社員が配属先で仕事を覚え「一人前」に育っていくのは似ているということです。
「本質」があらゆる面に影響をあたえている
以上のように、メンバーシップという本質は、日本の雇用や働き方のほとんどあらゆる面に影響をあたえているのです。
*ただし、以上で述べた日本企業のあり方は、基本的に大企業の正社員ものです。中小企業では異なるところがあります。また、非正規労働者については低い労働条件の「低位ジョブ型」といえる状態になっています。それらについてはここでは立ち入りません。
ジョブ型・メンバーシップ型という概念は、一時の流行ではなく、日本や外国の労働社会を考えるうえで基礎となるものだと、私は思います。
そして近年は、これまでの日本のメンバーシップ型的なあり方にかわってジョブ型を取り入れようという主張が台頭しているのだそうです。
かつて日本経済の強さは「終身雇用」「年功序列」「企業別組合」などによる日本的経営のたまものだと主張されました。しかし近年の日本経済は勢いを失って久しいので、日本的なやり方を反省するほうに風向きが変わったということでしょう。
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ただし、そこで論じられるジョブ型について、その概念の提唱者であるはずの濱口さんは“私の提示した概念とは似ても似つかぬもの”だと言っています。
つまり、世間のジョブ型導入の議論は、あやしいものだと。
「前編」は以上です。以下の「後編」で、最近流行のジョブ型に関する主張の「あやしい」ところを、引き続き濱口桂一郎さんの本をもとに解説します。